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教員の常識、世間の非常識?!【私が見てきた教員の実態5選】

みなさん、遊んでますか。

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今回はいつもと趣旨を変えて、大真面目に元教員という立場から「教員の常識、社会の非常識」と「私が見てきた教員の実態」についてまとめてみました。

 

先ずはじめに断っておきますが、私は未だに教員という職業は素晴らしい職だと断言できますし、現職教員には子ども達のより健やかな成長のため、より良い生活のために歩みを止めないでほしいと心から思っています。よって、批判や否定をする気は全くないのですが、見てきた真実を出来るだけ誠実に伝えるために言葉に少々棘はあるかもしれません。また、学校によって取り組み方がまるで違うので、全ての教員が今から述べるように働いているわけではありません。が、周りの話を聞く限りは似たり寄ったりなのかな、と感じてます。それでは、参りましょう。

 

 

私が見てきた教員の実態は非常識なのか否か

1)就業時間はあってないようなもの

勤務時間は学校によって異なりますがだいたい8時15分〜16時45分にも関わらず

a)街頭指導

b)ライン引き等の体育部の仕事

c)仕事の優先順位

d)各種PTAに関わる委員会

等を理由に「基本的」には1時間程前には出勤し、就業時間が過ぎても進んで仕事に取り組む方が多いです。周知の通り、教員には残業手当はありません。

 

a)街頭指導は就業時間外に行われるものなので、会議等で意義を唱えている教員もいるようですが、私が勤めていた学校では声があがることはありませんでした。当然時間外手当は出ないので、完全にただ働きなのですが、義務として受け入れて進んで時間外労働をする方が多いのに当時は戸惑いを隠せませんでした。

 

b)ライン引き等は「運動会」や「持久走記録会」等の時期に発生する「体育部」にかせられる仕事です。これも就業時間内ではなく、基本的には早く学校に行き作業をします。朝だけで済むものではなく、放課後にもライン引きの仕事は発生します。学校には仕事の優先順位があるので、取りかかれるのは就業時間後がほとんどです。それなのにもかかわらず自主的に取り掛かる方がほとんどです。また、文化的行事の準備等は職員総出かつ就業時間内の作業となる場合がほとんどなのですが、なぜか運動会や持久走記録会等の行事に関わるライン引きは体育部の教員が自主的に所属教員だけで時間外に行うことが多いです。

 

c)教員の仕事は「授業」「児童指導」だけではないのです。実は「事務」的な仕事が多く、子ども達が帰った後は多数の事務的な仕事をこなすことになります。この事務的な仕事は学校全体に関わることが多い(学校全体に関わる仕事が校務分掌という形で個人に割り振られている)ので、仕事の優先順位が高くなります。よって、本来子ども達のためにすべき「授業研究」「授業改善」「発問の精選」「教材の作成」「教室の環境整備」「学級通信の作成」等々の学級に関わる仕事は後回しになる・・・というか就業時間外にすることになります。私は夜に学校に残って授業の準備をし、それでも終わらない場合は家でしていました。休日に学校に出向くことも珍しくはありませんでした。

 

教員は「子ども達のために」と思うと時間を考えずに仕事に取り組みがちで、実際私もそうでした。子ども達のためになると思っている仕事は前述のように後回しになるので慢性的に働いても働いても時間が足りないという状況になっていきます。毎日5時間程授業をするわけで、以前したことがある単元の授業だとしても目の前の子ども達は毎年違うので新たに子ども達の実態を考えて授業の展開を計画しておく必要があります。これを毎日5時間分。教材を自作する必要もあったり、プリントを印刷(一から作る場合もあり)したりしているとあっという間に時間はなくなっていきます。授業の準備以外にも日々の学級の様子を伝える学級通信の用意やプリントの丸つけ等、子ども達のためにしたいことは山積みなのですね。a)、b)のような時間外にする仕事を終わらせてから子ども達のために用意を重ねるとなると、何かを犠牲にしなくてはならないと思います。現職のときはできていた(何が何でもしなくてはという使命感があった)ことなのですが、今思うと働き方改革とは何なのか、このままの現状では教員の体と心は疲弊していくだけだろうな、と心から心配しています。

 

d)PTAに関わる仕事は、基本的には夜に行われます。就業時間を大いに過ぎてから委員会が始まるので、残業代がないのにも関わらず終了時間が21時ということもありえます。

 

この他にも就業時間外の仕事はあげればキリがありませんが、それらに対して実に真面目に取り組む姿が教員の常識となっています。実際に私も「おかしい」と感じながらも「子ども達のためになる」という思いをもって進んで時間外労働に励んでいました。というか、子どものためにしたいことのほとんどは時間外にしかできなかったということになります。前に述べた通り「子ども達のため」と思うとできてしまうのですが、辞めてから客観的に見てみるとブラックだなあ、と心から感じますね。

 

2)「先生」と呼ばれ続けて勘違いしている人もいる

教員という職業は、勤務初日から周りから「先生」「先生」と呼ばれるのですね。そんな状況に私は違和感しか感じませんでした。だって私は子ども達の先生であってあなた方の先生ではないのだから。校長や教頭を役職名で呼ぶのは良いと思いますが、同僚に対して「先生」はないと今でも思っています。

 

先生という職業は昔と違って現在は聖職とは言えません。「先生」とは今や単なる呼称にすぎないと思うのです。ところが、日頃から「先生」と呼ばれている方々の中には「先生だから」と下記の様な「勘違い」している人が一定数いるのが実際のところだと感じています。

・先生だから偉い

・先生だから尊敬されている

・先生だから子どもが言うことを聞いて当然

という考えを地でもっている教員がいることは教育業界の大きな問題ではないでしょうか。同僚を「先生」と呼ぶ習慣は「勘違い教員」を生むきっかけになっていると感じます。

 

これに関連して、大学を卒業して直ぐに学級担任として、一つの教室を任され、基本的に学級内の全てを管理するという一般企業ではありえない人事も「勘違い教員」を生む要因だと感じてます。経験が浅い段階から所謂集団のリーダーとして過ごして行くのですから。ましてや、相手は大人ではなく子どもです。等レベルの中での自分の立場云々ではなく、常に自分が教える立場、というかトップとして学級という狭い空間で1日のほとんどを大人ではなく子どもと過ごす・・・このような状況も上記、箇条書きのような考えを生む要因だと思います。

 

3)会議中に寝る

会議中に居眠りをする教員が必ずいます。そして、それは黙認されることがほとんどです。校長や教頭が注意する姿を見たことがありません。時間外に働くことが多いので、しょうがないと思っている教員が多いのかは分かりませんが、民間企業を経験した身からするとありえない姿だと思っていました。子どもが授業中に寝ていたらどうするのでしょうね。きっと注意するでしょう。ということは常識的ではないのですよね。

 

4)横の人間関係が全て

4ー1)子ども達の実態を考えない計画

学校のきまりや校務分掌の振り分け等、大抵のことは校長の判断で決まっていきます。ということは上司とよい関係を築けている教員の意見が通りやすい。これに関しては学校長は一任されている立場なので納得がいきますが、細かいルールや行事の準備等は発言力のある教員(私の経験では100%年配の女性)に合わせる形で決められていくのが常です。異議を唱えるようなことは独特の空気があってできません。そして、ほとんどの場合、そんな方々がやりやすいからでしょうか、今までのやり方を踏襲していくだけで、建設的な話し合いはされず、効率化を図ったり、新たなアイデアを採用したりすることはありません。校長や教頭も、人間関係の崩壊や、面倒を恐れてか、そんな状況を変えようとはしません。教員は利益を求めていないので良いのかもしれませんが、一般企業で日頃から利益を求めて四苦八苦していた身からすると個人の勝手や好き嫌いで物事が決まっていく様は我慢できませんでした。子ども達は毎年違うのに同じやり方で良いわけがないと思いますが。あなた達の実態ではなく子ども達の実態に合わせて物事を決めていきたいのだ、と何回思ったことか・・・。

 

4ー2)職員室でのいじめや社会性のない態度

子ども達に「いじめ」について指導する立場の教員にも残念ながらいじめはあります。職員室での罵声もよく耳にしていました。教育者として優れた人間性や素質を求められている教員が同僚をいじめ、罵声を浴びさせている状況に心底嫌悪感を感じていました。近年のいじめ問題をそのような教員はどう捉えているのでしょうか。道徳の授業は何をしているのでしょうか。実際に「いじめ」があったとき、どの様な対応をするのでしょうか

 

4ー3)感情論が罷り通る

4−2)に関連して、職員室には感情論を黙認する風習があります。仕事として教育に従事しているわけですが、気に入らないことがあると職員室内では平気で文句が飛び交います。大抵の場合、周りは感情が高まっている方のフォローにまわり、もしそれに相手がいた場合はせめられている方が「その場を収める」ために謝る、という流れがほとんどでした。ヒートアップしていた方が倫理的に間違っていたとしてもです。社会人として感情を露わにして職場で悪態をつくのはいかがなものなのでしょうか。子ども達には「汚い言葉を使わないこと」「話し合いで解決すること」と話しているのに良いわけがない、と思いながら仕事をしていました。

 

職員室での態度は、2)でふれた勘違いしている教員に繋がるものがあると思っています。

 

4−4)勝手が許される

教員は教えるだけが仕事ではありません。中には納得できない指示もあるものです。とはいえ、校長から出された指針や指示に対して「自分にはできない」「やったことがない」「したくない」等の自分勝手な意見を言うことは社長に平社員が意見すると同意なのですが・・・そんな意見が通ることがあるのです。教員が従わない場合、「お願い」という形で校長や教頭は説得しますが、うまくいかない場合を何回も見てきました。中には「泣いて」訴える教員もいますから驚きです。

 

私からすれば「授業」「行事の練習」「跳び箱」「鉄棒」「習字」等々、子ども達は毎日したくないことを強制させられてますよね。でも、毎日一生懸命頑張っているわけです。泣きながらも課題達成のために努力する子も沢山います。そんな健気で素直で真面目な子どもの姿を1番近くで見ているのにも関わらず、勝手を言う教員は何を考えているのか分かりませんでした。

 

5)服装のばらつき・清潔感

大人が来校するときはスーツ。普段はジャージや普段着。教員の仕事着への考え方は様々で

・直ぐに対応できる様に動きやすい格好を好む教員

・子ども達の美的感覚のためにコーディネートしている教員

・毎日スーツの教員

・忙しいからなのか清潔感のない教員

等々、色々な服装で出勤します。中でもどこに行っても清潔感に欠ける教員がいることに驚きました。また普段はスーツで授業をしないのに指導主事訪問・参観日はスーツという風習は「誰に向かって仕事をしているのか」ということを考えさせられました。

 

まとめ

いかがでしたでしょう。子ども達のために自分の時間のほとんどを投資して働いている教員のためにも、一刻も早く真に子ども達のために働ける労働環境が整うことを祈っています。遊ぶ時間を確保するためにも、余裕のある人生を送るためにも!

 

それでは、みなさんの人生が遊びでもっと豊かになりますように!!